【前置きですが、慶田元相談役への思いが深く、内容盛りだくさんの記事となりました(^ω^)】
前身の「糸満造船」より55年以上にわたってご尽力いただいた
慶田元相談役(前・工場長)が5月末をもって勇退することになり、
事務所メンバーで、ささやかな『勇退式』執り行いました。
勇退式でのスピーチを一部抜粋してご紹介。
松浦会長:
「長い間ご苦労様でした。昭和47年から今日まで50年以上、
バカなコンビでやってきました 笑。
慶田元さんあってこそ、立派な会社にしていただき、ありがとうございました。
ちょくちょく会社にも来てください。
今後も陰ながら見守ってくださいね。」

松浦社長:
「長い間お疲れさまでした。本当に苦労かけっぱなしでした。
現在の工場(糸満市西崎町)へ移転する前や、
移転してからも5~6年は本当に辛い時期が続いて、
慶田元さんも大変ご苦労されたことと思います。
でも今、僕たちが安心して仕事ができる会社があるのは、
慶田元さんのおかげです。
感謝しかありません。
これからは第2の人生を仕事の心配せずに 笑、過ごしていただきたいです。
本当に長い間お疲れさまでした。」
謝花工場長:
「慶田元 前・工場長は第一線でわが社を
その類まれな統率力、技術、威厳をもってして引っ張ってこられました。
特に平成18年の新工場(現在の本社:糸満市西崎町)の開設にあたっては、
国内海洋土木トップ企業である五洋建設さんと対等に渡り合い、
国内屈指のこの造船所を立ち上げられました。
これまでの多くの業績、ご尽力に深く敬意を申し上げます。
まだまだその足元にも及ばない我々ではありますが、
慶田元相談役が築き上げられたこの造船所をさらに発展、維持していけるよう、
頑張っていく所存です。
本当に大変お疲れさまでした。」
慶田元相談役:
「皆さん、長い間ありがとうございました。
これからは、ゆっくり元気で過ごしたいと思います。
皆さんが安全で健康で、会社がますます発展するよう願っています。
ありがとうございました。」
私は個人的に慶田元相談役から聴く戦争体験のお話が印象的でした。
特に6月23日の慰霊の日は、ご出身の与那国島(当時5才)で
戦闘機から向けられた銃弾をお母様と命からがら逃げたお話し・・・。
これからは戦争体験の語り部として会社に遊びにきてくださいね(^_^)
長い間、本当にお疲れさまでした。
苦楽を共にした松浦会長と
